2016年に亡くなった愛するミュージシャンまとめ

2016年もいよいよ終わりですが、音楽好きの私にとっては最後の最後に驚きの悲しいニュースが飛び込んできました。
え、スマップの解散?違います。ちょうど自身のヒット曲「ラスト・クリスマス」が頻繁に流れる時期に亡くなったジョージ・マイケルのニュースです。

音楽はとりわけラジオやテレビなどの普及によって進歩が急速になったわけで、1940年代くらいに生まれて1960年代くらいに活躍した革新的なミュージシャンたちは、もうみんないい年齢になっています。
ですから、このところ毎年のようにビッグなミュージシャンが亡くなりますね。
非常に残念ですが、仕方のないことです。

ということで、追悼の意も含め私が好きだった、今年亡くなったミュージシャンの何人かを亡くなった日付順でまとめてみたいと思います。

 

デヴィッド・ボウイ David Bowie

1947年1月8日 – 2016年1月10日

2016年はデヴィッド・ボウイ死去の悲しいニュースから始まりました。
しかも、新アルバム「★」(ブラックスターと読むらしいです)を1月8日に発表したばかりの2日後にです。
デヴィッドは最後のアルバムの中でリスナーへの最後のメッセージを込めているので、死期を悟っていたと思われます。

代表的なヒット曲は「レッツ・ダンス」がありますが、私の好きな曲は宇宙ロケット打ち上げを歌った「スペース・オディティ Space Oddity」です。

といっても、それより以前のグラム・ロックをしていたころの方が彼の音楽らしいと感じますね。
あと、奇抜なファッションと中性的に見えるようなメイクは、子供の私にはちょっと気持ち悪く感じたりしましたね。
有名な「アラジン・セイン」のジャケット(上の写真)の稲妻メイクは、今でも“ミュージシャン”の代名詞として絵文字にも使われています。

ちなみに俳優としてのキャリアもあり、日本では戦メリこと「戦場のメリークリスマス」にも出演していましたが、その役のせいで私は役者としての彼はあまり好きじゃないですね(汗

 

モーリス・ホワイト Maurice White

1941年12月19日 – 2016年2月3日

個人的に一番悲しかったのがこの人、EW&F アース・ウィンド・アンド・ファイア総帥のモーリス・ホワイトの死です。
ずっとパーキンソン病と戦っていて、バンドのツアーにも同行できなくなってからの死亡だったので、最後の数年を思うととてもつらいです。

元々、ラムゼイ・ルイスのバンドでジャズ・ドラマーとして活躍していたので、ヴォーカルだけでなくパーカッションも巧みに操り、カリンバ(親指ピアノ)をメジャーにした人でもあります。
EW&Fでは雑多な感じになりがちなファンクと、薄っぺらくなりがちなディスコサウンドを緻密で精神性の高い音楽に見事に昇華させました。
宇宙思想と博愛主義が見事に調和した音楽は、当時の他のディスコバンドとは一線を画していました。
私は子どもの頃にEW&Fを初めて聞いたときにショックを受けて以来ずっとファンで、少ない小遣いでアルバムは全て集めていたので、ほとんどの曲の歌詞すら暗記しているレベルです。

EW&Fの名曲は数多いのですが、もう一人のヴォーカルであるフィリップ・ベイリーのハイトーンが際立つように編曲されている物が多いです。
ですが、モーリスがソロでヴォーカルをとっていた「Love’s Holiday」は名曲ですね。
最初の歌詞のWould you mindの部分が「産んじまえ」と聞こえると空耳アワーで紹介されていた曲です(笑

モーリスはソロでも「スタンド・バイ・ミー」というアルバムを出していて、その中の「I Need You」という曲はそこそこヒットしました。
もう彼のパフォーマンスしている姿を見ることができないと思うと非常に残念です。

 

 

キース・エマーソン Keith Emerson

1944年11月2日 – 2016年3月10日

プログレッシブ・ロックバンドのELPことEmerson, Lake & Palmerのキーボード&シンセサイザー奏者だったキース・エマーソンも2016年に亡くなりました。
ELPはプログレのバンドの中でも演奏力とステージでのいかれたパフォーマンスで他を圧倒したバンドで、とりわけキースのキーボードが注目されていました。
ステージではハモンドオルガンをわざと痛めつけるスタイルで、ナイフを突き刺したり、オルガンを揺らしたり倒したり、反対側から弾いたりと、アクションが少なくなりがちなきーぼーディストのパフォーマンスに革命を巻き起こしました。
数ある名曲や名演の中でも、私はあえてデイブ・ブルーベックのカバーである「トルコ風ブルーロンド」のELPによる演奏を、一回聞いてみてほしいと思います。
最初はおとなしかったのに、段々いっちゃってきます。

私も一時期プログレにはまっていた時期には、キースの演奏にあこがれたものですが、同時に大切な楽器を壊しながらの演奏は見ていると辛くなるので、スタジオアルバムの方が安心していられます。
名作アルバムの中でも、クラシックの名曲から引用した「展覧会の絵」が好きでした。
死因は手が思うように動かなくなったことを悩んだ自殺だったということで、音楽への追及心が強かったのでしょうね。

 

 

プリンス Prince

1958年6月7日 – 2016年4月21日

殿下ことプリンスも今年に亡くなってしまいました。
耽美的でストイックな音楽性は独特の世界を作り上げていました。
バットマンの映画の音楽を担当した時はすごかったですね。

 

 

レオン・ラッセル Leon Russell

1942年4月2日 – 2016年11月13日

ものすごい髭と眼光が印象的だった歌手、レオン・ラッセルもついに亡くなってしまいました。
彼がマッド・ドッグスとしてツアーをしていた頃の共演者である歌手ジョー・コッカーも2014年末に亡くなってしまい、ついに彼らのスワンプ・ロックも聞くことが出来なくなってしまったのですね。
「Song for You」や「This Masquerade」、「Superstar」といったカーペンターズによってカバーされたヒット曲の作者でもありましたが、私は彼のソロよりもジョーコッカーとバンドでピアノを弾いているときの演奏が好きです。

 

グレッグ・レイク Greg Lake

1947年11月10日 – 2016年12月7日

そして12月には先述のELPの“L”こと、ベースのグレッグ・レイクも同年に亡くなったキース・エマーソンを追うようになくなってしまいました。
グレッグ・レイクはELP以外にも、やはりプログレッシブ・ロックのバンドであるキング・クリムゾンの初代ベーシストでもありました。
あのすごいインパクトのあるジャケットのアルバム「キングクリムゾンの宮殿」にてベースとヴォーカルを担当していたのです。

あまり前に出てくるようなスタイルではなく、音楽に徹するスタイルのベースは私は陰ながら好きでした

 

 

 

ジョージ・マイケル George Michael

1963年6月25日 – 2016年12月25日

そして最後にジョージ・マイケルが12月25日に亡くなりました。
ちなみですが、12月25日に亡くなったミュージシャンと言えば、2006年12月25日に亡くなったファンクの帝王JBことジェームズ・ブラウンがいます。
ミュージシャンでない人ならチャップリンが有名でしょうか。
ジョージ・マイケルはアイドルっぽくデビューしましたが、それでも作曲のセンスが素晴らしく、後世に残るような曲もたくさん作詞作曲していましたね。
私は「ケアレス・ウィスパー」が好きでした。

 

 

他にも・・・

他にすぐ先日27日にスター・ウォーズのレイア姫役で有名なキャリー・フィッシャーが亡くなりましたね。
彼女はミュージシャンではありませんでしたが、サイモン&ガーファンクルのポール・サイモンと結婚していた時期がありましたね。
こうして、2016年沢山の大物ミュージシャンが亡くなりましたが、このようにまとめて思い出をしのびたいと思います。

 

 

 

 

 

脱サラしペルーに移住。
仕事と趣味にのんびりと生きる。

投稿者: Jorge

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